人が少ない摩耶山 掬星台
昨日は、摩耶山に行ってきました。
昨日の摩耶山は先週に比べて人がほとんどいませんでした。
掬星台には、ぱっと見た限りでは10人以下くらいしか居なかった感じです。
寂しい感じの掬星台です。
天気予報は曇りでしたから、観光客もハイカーもほとんで来てませんでした。
休憩所にも人がいませんでした。
摩耶山からの下りに行ってきました。
摩耶山の旧天上寺跡である摩耶山史跡公園についてご紹介します。
山頂から摩耶山史跡公園
摩耶山掬星台から約100m、市ヶ原(天狗道)の方向に行ったところに
上野道、青谷道に続く道の入り口に下の看板があります。
その看板です。
摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)
について、神戸市の看板より
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摩耶山(702m)は、古来山岳信仰の場所であり、大化2年(西暦646年)、
孝徳天皇の勅願を受け、インド高僧法道仙人により仏教寺院が開創されました。
その後大同年間(西暦806~810年)、弘法大師空海によって、摩耶夫人像
(お釈迦様の生母)が奉安され、伽藍(がらん)が造営されました。
これが摩耶山忉利(とうり)天上寺です。
長い歴史の中で、観音霊場や安産祈願の寺として信仰され、最盛期には
多くの塔頭、僧侶を抱えた摂津地方第一の大寺だったと伝えられています。
表参道である上野道や青谷道、また兵庫方面の人は布引の東から山に入り
天上寺に参りました。
昭和51年1月30日、天上寺は炎上、主要建造物のほとんどを焼失しました。
その後、寺は、開創地と伝えられる元摩耶(ここより北へ約600m)
移転し再建されました。
伽藍・・・僧侶が集まり修行する清浄な場所という意味
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上の画像の左側のアップです。
暫く下ると、何か見えてきました。
三権現社跡です。
白山権現、熊野権現、愛宕権現の三権現を祀ったお堂です。
また、暫く下ると、摩耶山史跡公園に到着しました。
摩耶山史跡公園の入り口です。
昨年の秋の台風21号で倒れました。
樹齢100年以上のマザーツリーと呼ばれる巨木の一つです。
幹周り445cm、高さ25mの杉で、3本に別れた幹が親子のように見える
ため親子杉と呼ばれていました。
本堂跡です。
約13m四方の荘厳なお堂、本堂である。
十一面観音が安置されていました。
摩耶夫人堂跡です。
お釈迦様の生母である摩耶夫人を本尊とするお堂です。
以前は龍がついており、その口から流水する手水鉢であったとの事です。
摩耶山史跡公園からの見晴らしです。
残念ながら、今日は曇ってます。
また少し下ります。
摩耶山の大杉
参道に道標があり右手に50m入った
ところに大杉があります。
幹周り約8mで、昭和51年の火災の影響で枯れてしまったと書いてました。
仁王門
暫く下りると、門が見えてきました。
仁王門です。
くぐってみました。
仁王門です。
昭和51年の消失を免れ、唯一往時を
偲ばせる住建物です。
仁王像(二体)は新天上寺に移されました。
摩耶山史跡公園周辺の案内は
以上です。
ご覧いただき、ありがとうございまた。
それでは、失礼します。